新型コロナウイルス感染症の流行以降、私たちの生活様式は大きく変化し、文化芸術との関わり方も様変わりした。文化庁が実施した「文化に関する世論調査」(令和6年度)によると、その動向が明確に数字として表れている。
過去1年間に文化芸術を「直接鑑賞」した人の割合は43.1%で、コロナ禍前の2019(令和元)年と比べると大きく減少している(図1参照)。一方で、映画や音楽などの文化芸術をインターネット配信やテレビ、ラジオなどで「間接鑑賞」した人の割合は57.5%に達し、コロナ禍を境に急速に普及し、文化と芸術の“享受のかたち”に変化がみられる。
配信ライブや映像配信サービスの普及により、場所や時間に縛られずに文化芸術を楽しむスタイルが定着した。このような流れのなかで、「直接鑑賞」と「間接鑑賞」の両方を楽しむ人がいる一方で、どちらの鑑賞経験もない層も存在し、文化芸術への関心は、より積極的に楽しむ層とそうでない層との二極化が進んでいる様子がうかがえる。
このような状況において、私たちは文化芸術の価値を改めて問い直し、その意義を社会全体で共有する努力が求められている。文化芸術は、人々の心を豊かにし、世代を超えて知恵と感性を受け継ぐ土壌となる。だからこそ、日常のなかに文化を取り入れる機会を増やし、多様な人々が文化に触れ、関わり、育むための環境づくりを進めていく必要がある。
文化芸術は決して特別なものではなく、私たちの暮らしそのものに根ざすものである。新しい鑑賞形態が広がる今こそ、その根源的な価値を再認識し、次世代への文化の継承と醸成に取り組むべき時である。
こうしたなか、市内を5つのエリアに分け10年をかけて2年ごとに各地域を巡る住民参加型の文化芸術プロジェクト「八王子芸術祭」を八王子市と共に主催する(公財)八王子市学園都市文化ふれあい財団を取材した。
文化庁「文化に関する世論調査」2024(令和6)年度
ポイント
課題の背景・活動のきっかけ
●地域に開かれた芸術祭に
2008(平成20)年から同財団が開催してきた「八王子音楽祭」は、これまでに全12回の実績を重ねてきた。しかし会場が八王子駅周辺や中心市街地に限定されており、離れた地域の住民には参加しにくい状態にあった。また、市民を対象とした世論調査においても、文化芸術活動への参加頻度は長らく横ばいの状態が続いており、より多くの市民が芸術に触れることのできる機会の創出が求められていた。こうした課題に応え、2023(令和5)年から2031年にかけて、八王子市全域を視野に入れた新たな取り組みが始動した。市内を5つのエリアに分け2年ごとに巡回しながら開催する、住民参加型の巡回型芸術祭である。
●広いまちの特徴を活かして
八王子市は、東京23区の約30%に相当する約186平方キロメートルという広さを有する。自然豊かな高尾・恩方地区、工場が集積する北八王子地区、ニュータウンや大型商業施設が広がる南大沢地区、清掃工場など都市インフラを担う戸吹地区など、個性豊かな地域が点在している。芸術祭ではこれらの地域の特色を活かして、文化的・歴史的背景、地域資源、住民の生活を融合し、単なる「鑑賞の場」に留まらない、地域と共に創り上げる芸術体験を提供するものである。
2年ごとに各エリアを周る10年間の巡回型芸術祭
●アートが人・活動・地域をつなぐ
本芸術祭の企画運営には、アーティストのみならず行政や商店会、住民や学生などが領域を超えて参画。アートを軸に地域の共創や協業を生み出し、より暮らしやすい社会の基盤づくりを目指す。同財団の芸術文化担当部長である米倉楽さんは「まちづくりや産業、観光、教育、福祉など領域の枠を超え、多様な人や活動を盛り立て、つなげる力がアートにはあるのではないか」と話す。
「高尾の森でピアノにアート♪」古いピアノに子どもたちが装飾をするワークショップ
活動の特徴
●各地域の特徴をテーマに描く「旅する芸術祭」
地域の歴史や産業などの特徴を活かして、各エリアにテーマを仮設定する。
・高尾・恩方地域:「自然」「歴史」
・中野上町周辺~北八王子工業地域:「織物」「ものづくり」
・上柚木・南大沢地域:「ニュータウン・まちづくり」
・戸吹周辺地域:「サステナブル」
・中心市街地:「マーケット」
各エリアではこうしたテーマを軸に、音楽・ステージ・美術など様々な芸術表現でまちを彩る。
初年度の高尾・恩方地域では『自然に潜む美しさを探る旅』をテーマに開催。豊かな自然、積み重ねた歴史の魅力に焦点を当てた、様々な作品やイベントが開かれた。
●地域と創り上げるプロジェクト
各エリアでは、開催前の1年間でヒアリングやリサーチを重ね企画を練り上げ、2年目にそのエリアでの集大成となるフェスティバルを開催する仕組みである。例えば最初の開催地である高尾・恩方地域では、風景や生き物の写真展や音楽ライブ、演劇、参加型ワークショップ、市民によるアート展示などが行われた。夕やけ小やけふれあいの里や高尾山など、30カ所以上の会場が舞台となり、市民やアーティストたちの手により多彩な企画が展開された。
開催地を巡り八王子全体を象徴する音のアート作品をつくる
「音響彫刻『Kinon』(キノン)の旅」
●芸術祭が生み出す持続可能なまちづくり
本プロジェクトでは芸術祭だけに留まらず、長期的なまちづくりの流れを後押ししている。地元のイベントや地域メディアとの連携を深め、サポーター育成にも注力することで、地域資源の発掘や活用、さらには新たな人と人とのネットワークが生まれている。また、東京都立大学と連携した住民意識調査や経済効果の分析は、次期以降の企画改善に活かすとともに、学術的知見を踏まえた評価と検証が行われている。こうした地域資源のデータベース化やアートの効用の検証などにより、都市政策、観光振興、産業活性化など行政内の連携にもつなげる。単発的なイベントに留まらない地域の価値を育てている「文化の種」と言える。
八王子芸術祭Radio『ハチタビの栞』参加アーティストがゲストに登場(2023年)
芸術祭が生み出すのは、感動や表現の場だけではない。人と地域を結び、学びと経済をつなぎ、都市の未来を形づくる力である。その積み重ねが、10年後の八王子にどのような変化をもたらすのか――今、文化芸術を通じたまちづくりが新たなフェーズへと歩みを進めている。
●八王子芸術祭2025開催予定
織物とともに歩んできたまち、八王子。
『経(たて)の記憶に、緯(よこ)の風をとおす』をテーマに開催する。
[会期]2025年11月8日(土)~ 2025年12月7日(日)
[会場]八王子市中野・大和田・小宮・石川周辺地域
[入場料]無料 (一部有料プログラムあり)
目指す未来
各エリアに文化芸術を進行する動きが残り、未来へつながっていくこと。
パートナー・関係先
