
都市に残る農地は、単なる食料生産の場にとどまらない。新鮮な農産物の供給に加え、農業体験や交流の場、景観形成、防災、生物多様性の保全など、多面的な機能を有する都市の重要な資源である。住宅地の中に存在しながら、自然と人、人と人をつなぐ役割を担う点において、その価値が見直されている。
一方、東京都内における農地は減少傾向にある。2021(令和3)年時点で農地は6,410ヘクタール(総面積の2.9%)であり、過去10年間で1,190ヘクタールが減少した(※1)。その背景の一つとして相続時の税負担が挙げられる。都市部では地価の高さにより、農地にも高額な相続税が課される場合があり、納税のために土地を手放すケースも少なくない。農林水産省の調査によれば、首都圏における農地転用の契機として「相続税の納付準備」が最も多く、転用先の多くは住宅地や駐車場である(※2)。なお、農業継続を条件とした相続税の納税猶予制度も存在するが、生涯にわたる営農継続が求められるなど制度利用には一定の制約がある。
こうした状況の中、都市農地を「生産の場」から「暮らしの場」へと再定義する動きがみられる。東京都東久留米市で進められている「タネニハの森プロジェクト」は、農・食・花・住を組み合わせたコミュニティ形成の事例として注目されている。

農林水産省農村振興局「都市農業・都市農地に関するアンケート結果 首都圏版」(2012(平成24)年)
※1:東京都産業労働局「東京農業のいま」
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/sangyo-rodo/04_nousin_puran_1syou_0503
※2:農林水産省農村振興局「都市農業・都市農地に関するアンケート結果」
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/tosi_nougyo/pdf/tosi_enquete_gaiyou.pdf
ポイント
課題の背景・活動のきっかけ
●東久留米市の特徴
東久留米市は、武蔵野台地のほぼ中央にあり、都心から約30分の距離にある住宅都市である。「落合川と南沢湧水群」が環境省の「平成の名水百選」に都内で唯一選定されるなど、豊かな水環境と緑に恵まれた地域である(※3)。農業も行われており、ホウレンソウやコマツナ、ダイコンのほか、特産品である「柳久保小麦」の生産にも力を入れている(※4・5)。
※3:東久留米市紹介パンフレット
https://www.city.higashikurume.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/016/095/shokai_pamphlet.pdf
●市内の農地の減少
東久留米市の農地面積は132ヘクタールで、市全体の約10パーセントを占める。住宅地に囲まれた都市農地が特徴であるが、高齢化などにより農業従事者は減少している。農地面積も2015(平成27)年からの10年間で約32ヘクタール減少しており、今後も更なる減少が見込まれる(※5)。
※4・5:東久留米市農業振興計画(2026(令和8)年2月)
https://www.city.higashikurume.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/028/654/keikaku.pdf
●相続を契機に生まれた「タネニハの森」プロジェクト
「タネニハの森」オーナーの秋田茂良さんは、江戸時代から300年続く農家の12代目。父親の突然の他界により農地を相続し、農地として残したい思いを持ちながらも高額な相続税などを理由に売却が必要となり、後世に価値を残す活用方法を模索した。そのなかで生まれたのが、この「タネニハの森」プロジェクトである。

タネニハの森Map。駅前の賃貸住宅「kinone」と郊外の花農園・タネニハファームを中心に、花・農・食・住にまつわる様々なタネが育まれている
活動の特徴
● 花・農・食・住を軸にしたエコシステム
ニハとは古語である「場」を意味し、ここでは、住・食・花・農を軸とした、さまざまな営みを行っている。
- 花のニハ(アトリエ華もみじ・日々の華)
- 農のニハ(秋田緑花農園・taneniwa farm)
- 食のニハ(kinone coffee&flower・rootstock・フィリッポの幸せな食卓)
- 住のニハ(タネニハ不動産…kinone、タネニハの森Farm Villageなど)
それぞれの“ニハ”が、互いに影響し合い、支え合うことで、森のような暮らしの生態系(エコシステム)が育まれている。

2025(令和7)年にオープンしたピッツェリア「a tavola felice di fillippo~フィリッポの幸せな食卓~」
●自然や動物と共生する住まい「kinone」
株式会社タネニハの手掛ける賃貸住宅「kinone」は、植物・動物・人の関係性を重視した住環境として、2024(令和6)年8月に竣工した。約150種類の植物を配したバルコニーやドッグランを備え、多頭飼い・大型犬にも対応するなど、自然と共生する暮らしを志向した設計である。同社代表取締役の荒川博典さんは「暮らしのそばに自然が残る東久留米らしさを大切にしました。物件紹介では、落合川など周辺も紹介し、この街での暮らし方に共感した人たちが23区内などから移住して暮らしを楽しんでいます」と話す。

東久留米駅前に立つ賃貸住宅kinone。ペット可で、カフェ・エントランス・バルコニーなどに花と緑が溢れている
● 人と地域をつなげる関係性づくり
kinoneのバルコニーの植物は、季節や日当たりに応じて自動かん水でコンディションを調整するほか、定期的にオーナーである秋田さんが訪問しメンテナンスを行っている。「入居者の方々と自然に交流がうまれて、トラブルや困りごとも相談しやすい関係性が築かれています」と荒川さん。また、1階にあるカフェでは植物や犬についてのワークショップも開かれコミュニケーションの場となっている。荒川さんは「愛犬を通じてスタッフや住民同士だけでなく、地域住民を含めた心地よいコミュニティができています」と話す。


1階のカフェのテラス席はペット連れOK。カフェやドッグランでコミュニケーションが生まれている。
●花と緑が彩るゆるやかな賑わい
東久留米市の郊外にある秋田さんの花農園の隣には、季節の草花が咲く「タネニハガーデン」が広がっている。2011(平成23)年の東日本大震災を契機に「花で人を癒し、人々の心をやわらげる場所にしたい」との想いから畑の一角にガーデンを開き、憩いの場所として開放している。ガーデンの周りには、秋田さんの妻でフラワーアーティストの小森妙華さんのフラワーサロン「ハナモミジ」や、2025(令和7)年にオープンしたピッツェリア「a tavola felice di fillippo~フィリッポの幸せな食卓~」が並び、花や緑に囲まれた空間でゆるやかな賑わいが生まれている。

(左上から右下へ)秋田家の母屋・秋田緑花農園・タネニハガーデン・タネニハファーム
●小麦畑に生まれる「タネニハの森 Farm Village」
秋田さんが所有する小麦畑の一角では現在、18棟のコーポラティブハウス(共創型戸建住宅)「タネニハの森Farm Village」が2027(令和9)年夏~秋ごろの完成に向けて動いている。広い農地にゆったりと住まいを配置し、塀ではなく木々で緩やかに区切り、風や水の通り道、風景や環境に配慮する。経済性を優先した画一的な宅地開発ではなく、東久留米の土や水、風、木々と調和した住まいを目指している。四季の営みや土地や人々との調和を大切にしてきた農的な暮らしの視点を、農地が形を変えて新しい暮らしとして未来へつなぐ。


「タネニハの森Farm Village」のイメージ・周辺には花が溢れている
●小さな点がつながる、まちづくり
これらの取り組みは周辺地域にも波及し、同様の価値を持つ開発が徐々に生まれ、個別の取り組みが連鎖することで、地域全体の価値向上につながる可能性がある。荒川さんは「建物は建てて終わりではなく、その後の関係性まで含めて設計したい」と語る。「小規模であるからこそ実現できる密度の濃い関係性を重視し、個々の取り組みを丁寧に積み重ねることで、結果として地域の豊かさにつなげたい」としている。
目指す未来
都市農地を起点に、人と自然、人と人の関係性を育む場を点から面へと広げ、地域全体の価値を高めながら持続可能なコミュニティを形成していくこと。

