日本のものづくり産業は、高度な技術力によって世界的な競争力を維持してきた。一方、多くの中小製造業では、国内市場の縮小やグローバル競争の激化、人材不足などを背景に、事業の継続や技術継承が大きな課題となっている。そうしたなか、独自の技術を磨きながら新たな市場への挑戦を続け、地域に根差しながら、世界市場でも存在感を発揮している企業がある。
東京都武蔵村山市に本社を構える多摩冶金(たまやきん)株式会社は、1951(昭和26)年の創業以来、金属熱処理で事業展開してきた専門企業である。加熱や冷却によって金属の性質を変化させる「熱処理」は、自動車や産業機械、航空機などの安全性や性能を支える重要な加工技術だ。同社は創業者から2代目へ、そして現在は3代目となる山田毅社長と山田真輔副社長へと事業を継承しながら、時代の変化に対応して成長を続けてきた。
2000年代後半には、将来を見据えて品質要求の厳しい民間航空機分野に参入。国内でも取得企業が限られる国際認証を取得し、世界的な航空機エンジンメーカーなどから信頼される技術力と品質保証体制を築き上げた。また、人材育成にも力を注ぎ、新卒採用を継続するとともに高い定着率を実現している。多摩地域から世界へ、地域に根差しながらグローバル市場に挑戦する同社の歩みと、次世代へ技術をつなぐ取り組みについて、東京本社工場で山田真輔副社長に話を聞いた。
事業の特徴
ものづくりを支える熱処理専門企業
同社は、金属に熱を加えたり冷やしたりすることで硬さや強度を調整する熱処理を手掛ける専門企業。熱処理は、自動車や産業機械、航空機などの安全性や性能を左右する重要な加工技術である。70年以上にわたり、熱処理一筋で事業を続けてきた同社は、現在は航空機エンジン部品をはじめ、極めて高い品質が求められる航空・宇宙・防衛分野で高い評価を獲得し、国内外の航空機関連メーカーから依頼を受けている。海外にも子会社があるが、国内では武蔵村山市内に2つの工場があるほか、広島県広島市にも拠点を構える。社員は国内だけで約70人。2017(平成29)年、2代目社長であった父・山田仁さんから事業を引き継ぎ、兄の山田毅社長と弟の山田真輔副社長が3代目代表取締役に就任した。
高度な技術と品質保証体制で目に見えない品質を支える
金属の熱処理には、金属を硬くする「焼入れ」や「焼戻し」、加工しやすくする「焼なまし」などの種類があり、製品の用途に応じてその金属の最適な性能を引き出す。自動車や産業機械から航空機まで幅広い製品にとって欠かせない工程だが、完成後に性能を目視で確認することが難しいため、どの温度で何時間加熱し、どのような速度で冷却するかなどを厳密に管理する技術と厳格な管理体制が求められる(※)。つまり各工程で「良い加工をする」だけでなく、「良い加工をしたと証明する」ことが必要不可欠である。創業以来、周辺地域の企業から多種多様な熱処理を請け負ってきた同社では、航空機のエンジン部品など極めて高い品質が求められる依頼にも対応。目に見えない金属内部の状態を安心して任せられる存在として、日本はもとより世界中のものづくりを支えている。
※熱処理で変化するのは金属表面ではなく金属内部の組織で、熱処理した金属と熱処理していない金属で見た目はほとんど変わらない。完成後の製品を検査しても品質が判別できないか、検査すると製品が壊れてしまう製造工程を特殊工程と言い、熱処理もその一つ。
リーマンショックが生んだ航空機産業への挑戦
同社を語る上で欠かせないのが、2009(平成21)年の航空機産業への参入である。転機はリーマンショックだった。当時、地域の機械産業を中心に既存顧客の依頼が大きく落ち込み、地域企業に頼った経営に危機感を抱いた2代目の山田仁社長は、将来の柱となる新事業を模索。そこで着目したのが航空機だった。航空機産業は一度サプライチェーンに組み込まれると長期的な取引が期待できる一方、参入障壁が極めて高い。必要となる認証取得や品質保証体制の構築には莫大な時間と投資を必要とする。同社はまず航空宇宙品質マネジメントシステム「JIS Q 9100」を取得し、その後、特殊工程認証「Nadcap(ナドキャップ)」を取得。同認証は航空機部品の熱処理に必須の国際認証であり、これを持つ熱処理企業は現在国内で5社のみ。副社長の山田真輔さん(以下、山田さん)は「取るのに10年近くかかった認証もあります」と振り返る。その後、世界的な航空機エンジンメーカーであるロールス・ロイス社をはじめとする各航空機部品メーカーの認証も取得。現在では航空機エンジン部品の熱処理において、対応可能な熱処理の種類が国内最多クラスであり、規模においても国内有数の企業となった。「幅広い飛行機部品の中で、私たちがよく手掛けるのは旅客機のエンジンの中核を担う部品です。私たちの仕事において、品質が人命をも左右するという意味を込め、『世界に人々の安全と安心を届ける』という企業理念を掲げています」と山田さん。
世界基準の信頼を支える品質保証体制
一般的な製造業では、現場で働く人(直接部門)がその多くを占めることが多いが、同社では直接部門は約33%、品質保証や工程管理、認証対応などを担う間接部門が約67%にも上っている。この特徴的な人員構成が、要求水準の高さを物語っている。「この分野は、良い製品を作るだけでは不十分で、決められた工程を確かに経たことを保証しなければなりません」と山田さん。航空機部品では、炉内温度や加熱時間、冷却速度、設備の校正履歴などのあらゆる工程を記録し、第三者に説明できる体制が求められる。さらに国際認証の取得や維持には、海外の品質基準を理解し、外国語で行われる審査にも対応できる体制づくりが欠かせない。「各部門の社員の技術が高いのはもちろんですが、認証や管理体制を維持、向上させ、未来に残っていける胆力のある企業。そうなって初めてクライアントの信頼を得て、仕事を任せてもらえます」。認証は工場や設備ごとに必要となるため、新工場を建設したり、新しい設備を入れれば、改めての取得が必要。技術だけでなく、未来を見据えて世界基準の信頼を積み重ねていける組織力が強みである。
人を育てることが未来をつくる
ほかのものづくり企業と同じく、同社においても人材確保は喫緊の課題だ。しかし航空宇宙部品の熱処理技術を持つ経験者はほとんど存在しないという。「専門性が高すぎて、ベテランを採ろうと思ってもいないのです。必然的に自分たちで一から育てることになります」。2015(平成27)年頃から本格的に新卒採用を開始し、今では約30人に。「私が2014(平成26)年に33歳で入社した当時、20代社員はたった一人でしたが、今では30代以下が全社員の半分近くになりました。10年単位で動く世界だからこそ、20年後、30年後を見据えた経営を行いたい。そこで私たちと学生、双方の価値観を重視する独自の『価値観採用』をしています。入社試験や面接では学生の方に次の選考に進むかどうかの判断を常に委ね、職場では社員と同じ制服を着て、食事を含め一緒に過ごす一日体験もしてもらいます。自分にとってこの会社が適しているか、そこでよく考えてもらうのです。こうして入社した社員のうち離職者はわずかで、特に直近の2年間は退職者ゼロ。人が定着する、働きやすい職場をつくることを、経営者として常に意識しています」。理系大学出身者に限らず、地元の高校や専門学校の出身者も採用している。市内の都立高校や近隣地域との連携にも積極的だ。地域の若者が地元企業を知り、地元で働く選択肢を持てる取り組みも進めている。若手社員が多く、女性社員比率も39%と製造業で高い水準にあることから、風通しの良い雰囲気が社内に漂う。
「我らの樹」に込めた100年企業への思い
同社には創業者が定めた5つの企業方針があるが、なかでも重視しているのが「会社とともに成長し、将来の幸福を目指す」というものである。同社ではこれをビジュアルに置き換え、「社員一人ひとりが樹を育て、その果実を分かち合いながら、地域社会にも還元していく『我らの樹』」というビジョンを全社員で共有している。100年を超えて持続的に発展する企業を目指すという思いは、設備投資にも表れている。老朽化した本社工場に代わり、2022(令和4)年には市内に新たな南工場が完成。認証取得などのために設備移転には時間がかかっているが、新たな生産体制の構築が進められている。
お話を伺った人

(肩書き・氏名)
多摩冶金株式会社
代表取締役副社長
山田 真輔さん
企業概要
| HP | https://www.tamayakin.co.jp |
| 代表者名 | 山田毅 山田真輔 |
| 資本金 | 20,000,000円 |
| 創業 | 1951年 |
| 社員数 | 70人(国内のみ) |
