未来を創るたまの企業
建設会社が始めた洋菓子店が10周年
異業種継承が建設現場に生んだ効果
金澤建設株式会社
[2025年04月 取材]
東京都小金井市に本社を構える金澤建設株式会社は、2025(令和7)年4月に創業80周年を迎えた老舗の総合建設会社である。これまで地域のインフラ整備や公共工事を担ってきた同社は、ある老舗洋菓子店の閉店をきっかけに、「お菓子屋さんの味を守る」という異色の新規事業に乗り出した。
きっかけは、代表取締役社長の金澤貴史さんと、常務取締役であり妻の金澤大恵(ひろえ)さんによる、10年ほど前の何気ない会話であった。地域で愛されていた老舗洋菓子店が閉店することを知り、「あのお菓子が食べられなくなるのは寂しい」と語り合ったことが発端となる。後継者不在で閉業を決めていた店主と様々に話をするなかで店主からの提案を受け、菓子製造・販売という未経験の分野に挑戦することとなった。
製菓の知識がなくスタッフもいないゼロからのスタートであったが、試行錯誤の末に前店舗の閉店から約2か月で常務の大恵さんたちがオープンした新店舗「菓子工房ビルドルセ(Builddulce)」は、現在では看板商品「黄金井パフ」などの洋菓子を製造・販売し、地域で高い支持を得る人気店に成長している。まちのインフラを長年支えてきた建設会社が、「味の記憶」と「職人技」をも受け継いだ背景には、地域との絆を大切にしてきた企業文化がある。
事業の特徴
小金井のまちとともに歩んだ建設会社の歴史
金澤建設株式会社の起源は、1945(昭和20)年にさかのぼる。太平洋戦争中に荒川区南千住から小金井市へ疎開してきた金澤亨さんが、土木工事を中心とした建設業を開始したことが創業のきっかけである。以来、関東一円で幅広い土木工事を手がけると同時に、小金井市に根差し、地域の公共工事や民間工事を請け負う地場ゼネコンとしての役割を担ってきた。現在の代表取締役社長である金澤貴史さんは、創業者の孫にあたる3代目である。都内の建築会社にて約8年間の修業を積んだのち、2000(平成12)年に家業に戻り、建築分野にも力を入れながら総合建設業として事業を拡大してきた。市内の都道・市道の工事、公園整備、太陽光発電設備の設置、住宅やビルの建築など、行政機関や警察・消防、民間企業から多様な案件を請け負っている。
小金井市東町の本社オフィス
土木工事の施工例
地域を支える災害対応体制
同社の特徴的な取り組みの一つが「災害対応」である。小金井市および東京都と「災害協定」「雪害対策協定」を締結しており、地震や豪雪などによって道路が使用不能となった際、復旧作業を担う協定となっている。震度6弱以上の地震が発生した場合には、同社が管轄エリアの点検を速やかに実施し、道路の陥没や倒木、障害物の除去といった「道路啓開作業」を行う。これにより、緊急車両の通行が可能となり、地域の安全確保に大きく寄与する。災害時だけでなく、日常的にも道路舗装や上下水道整備、公園工事など、地域のインフラ維持管理を担っており、小さな案件も含めると年間数十件におよぶ要請があるという。「私たちの役割は、スピードと柔軟性を活かしてインフラの維持管理を行うことです。日々の積み重ねが、有事の迅速な対応にもつながると考えています。24時間365日体制は現代では困難ですが、社員たちはその意義を理解し、自発的に動いてくれています」と金澤社長は語る。また、小金井警察署との災害協定や小金井消防署との情報交換などにより、合同訓練の実施や訓練見学なども行う。このような活動を同社が持続できる背景には、地域の暮らしと安全を守るという、社員一人ひとりの強い使命感がある。
小金井警察署との合同訓練
都心部の建築事業にも対応
一方、建築分野においては、都心部での鉄筋コンクリート造や鉄骨造の商業ビルやテナントビル・マンション建築など、民間企業からの依頼を数多く請け負っている。地元での公共工事と並行し、都心部の建築需要にも柔軟に対応しているのが同社の強みである。「私が都心での勤務経験を持っていることもありますが、都心では非木造のビル建築のニーズが多いです。地元では“土木の会社”という印象が強いかもしれませんが、私たちは、土木・建築両方のニーズに応えられる体制を整えています」と金澤社長は話す。
テナントビル・マンション建築の施工例
洋菓子店「菓子工房ビルドルセ(Builddulce)」の立ち上げと成長
2014(平成26)年、同社は地元の老舗洋菓子店の事業継承に乗り出した。きっかけは、金澤社長が20年以上通い続けていた洋菓子店の店主が、「後継者不在のため閉業する」と語ったことであった。「話を聞いた社長が、好きだったお菓子が食べられなくなることを惜しみ、地元との縁を大切にするなかで、何かお手伝いできないかと考えたことが始まりです。ですが、まさか自分たちが事業を引き継ぐとは、私たちも想定していませんでした」と語るのは、常務取締役の金澤大恵さん。大恵さんは都内でデザイン関連の企業を経営するクリエイターでもある。社長から本プロジェクトを託されて2014(平成26)年に金澤建設へ入社すると、デザインの知見を活かして事業立ち上げに尽力した。製菓は未経験であったが、店主より教わるレシピを文字に起こし、製造工程をマニュアル化。必要な製造許可・保険手続き、スタッフ採用、商品開発なども一手に担い、2015(平成27)年3月、「菓子工房ビルドルセ」を開店させた。「オープン当日は500人以上の方々にご来店いただき、大変感激しました。店名は“BUILD(建設)”と、スペイン語の “DULCE(甘いもの)”を組み合わせた造語です」と常務の大恵さんは語る。こうして、地域で親しまれた味を守りたいと始まった新事業は2025(令和7)年3月で10周年を迎え、今なお地域で愛される洋菓子店であり続けている。
店舗「菓子工房ビルドルセ」も本社と同じ小金井市東町にある
ビルドルセ(事業推進部)のスタッフと常務の大恵さん(中央)
看板商品の「⻩金井パフ」はこだわりの詰まった逸品
ビルドルセが前店主から受け継いだ商品は、自家製カスタードをふんわりとした生地で包んだ素朴な生菓子である。この商品を小金井市の地名の由来にちなみ「黄金井(こがねい)パフ」と名付けて販売したところ、長年の常連客に加えて贈答用としての需要も高まり、現在では同店の看板商品となっている。また、「黄金井パフ」には卵黄のみを使用するために大量に余る卵白を活用した商品開発や、⼩⻨粉を使用しない米粉の商品開発にも取り組んでおり、なかでも米粉クッキーは、六本木の老舗洋菓子店「アマンド」にも採用されるなど、販路を広げている。ビルドルセの菓子は香料・保存料・ベーキングパウダー・ショートニングといった添加物などを極力使用しない方針であるため、消費期限は短い傾向にあるが、「地域で作り、地域で食べてもらえる、安全で安心なお菓子」を提供することを大切にしている。ある日店舗を訪れた親子と店員の間で、「いちご味なのに色が薄くていちごっぽくないね」と話した子どもに「色の薬(着色料)を使わないといちご味はこういう色になるんですよ」と店員が説明し、親子と交流する場面もあった。こうしたやり取りにも「添加物に頼らない」「素材の味を活かす」というこだわりが見てとれる。商品は小金井市東町の店舗のほか、全国各地の催事などで販売される(※)。
※催事の出店は不定期
看板商品の黄金井パフ。中のクリームはカスタードのほかに季節限定の紅茶味、チョコレート味などがある
生菓子のほかメレンゲを使った焼き菓子やビールに合うおつまみの「ビアドルセ」も
お菓子事業が建設現場に生んだ相乗効果
お菓子事業をきっかけに、建設部門にもポジティブな意識改革が波及している。ビルドルセのスローガンである「We Build Safety and Tasty」は今、「We Build Safety and Smile」とアレンジされ、建設部⾨でも活⽤されている。このスローガンにより、さらに建設現場に活気と誇りが芽⽣え、仮設足場や養⽣幕の設置、また日々の整理整頓などの際にも、より丁寧に美しく整えるなどその意識が改⾰されたという。部署の垣根を超えて協力する体制が自然と生まれ、ビルドルセが出店する催事に建設部門の社員が応援に来たり、逆にビルドルセ(事業推進部)の社員が建設現場の安全パトロールに同行したりと、相互連携が社員間の交流を活性化し、同社の一体感を醸成した。建設部門の名刺に掲載したビルドルセの店舗情報は営業活動のきっかけとしても役立っている。さらに、異なる二つの業種を社内に併せ持つユニークな企業として地域内外から注目されたことで、大学での講演依頼や学生インターンシップの受け入れも始まり、採用活動においても好影響をもたらした。「ビルドルセを始めたことで、金澤建設が良い方向に変わったね、とよく言われます」と笑顔で語る金澤社長。常務の大恵さんの旗振りのもと、80年の歴史を持つ建設会社が今、柔らかな力で次の時代を築いている。
お話を伺った人
金澤建設株式会社
代表取締役社長 金澤 貴史さん
常務取締役 金澤 大恵さん
企業概要
HP | https://www.kanakk.com |
代表者名 | 金澤 貴史 |
資本⾦ | 3,500万円 |
創業 | 1945年4月1日 |
社員数 | 19名(パート8名) |